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<Home>6月23日に…

こんにちは
今日は、手仕事の内容ではありません。

自分の記憶を、きちんと整理したいために書きます。

実は6月23日に第2子を出産しました。
その出産に至るまでの内容になります。

苦手な方は、回れぇ右!で読むのを控えてくださいね。



6月18日(木)

お昼過ぎ、なんとなくお腹の張りがいつもよりは強く感じ、実家にて夕飯を食べて、母に自宅に送ってもらう。
もしかしたら今夜かも?と思い、シャワーを浴びて、夜中に入院になった時に対応できるように、最終チェックをし、早めに就寝。
23時半から、20分、15分、8分、13分と不定期にお腹が張る。

6月19日(金)

0時34分 
かかりつけの産科に相談の電話。病院まで一般道だと1時間以上かかること、第1子の時の分娩が10時間もなかったことを考慮して、念のため診せにきてください、と言われ病院に。

2時頃
病院に到着。内診するが、子宮口は3センチ程度。30分、お腹の張りを見る機械を装着しても、まだ分娩に繋がる張りではないとのこと。医師と相談して、明るくなるまで病院で様子をみましょうとのこと。

8時頃
朝食を食べるとお腹は張るものの、陣痛には至らず

15時
1日様子をみたけれど、分娩に繋がる陣痛ではないため、内診して子宮口に変化が無いため、退院となる。
いつ、本陣痛がきてもいいように、土日長男は私の実家にて過ごす。

6月22日(月)

8時頃
朝食を食べた後、妙に長男が私にくっついている。金曜からの寂しさからかなと思い、くっついたままでいる。
さあ、保育園に送っていこうと手を繋ぐと、妙にあたたかい。玄関で熱を計ると、37度8分。
保育園に休みの連絡をする。電話にでた園長先生が、私の体調まで気にしてくれて、うれしい。
夫、耳の聞こえの悪さと、体のだるさ、37度0分という判断が微妙な体温とで、会社を休んで耳鼻科にいくことにする。

9時半
地元の掛かり付け医に母と私とで息子をつれていく。病院で診察のご褒美に貰える飴を、食べようとしない。

10時半
母が帰った後、ぐったりしている長男の熱を計ったら、38度7分。座薬の解熱剤を入れる。

11時45分
夫、耳鼻科から帰宅。メニエール病らしい。今までかかっていた耳鼻科では、何度も突発性難聴と言われていたが、1ヵ月も経たずに再発するのはおかしいと思い、違う病院にいったら違う診断。前の病院にはもう行かないと、夫婦できめる。

13時半
長男が目覚める。熱は37度5分。
もう、いつ陣痛がきても構わないから、とりあえず私は体を動かす目的で、長男のぐずぐずに付き合う。

16時
母が様子を見に来てくれたので、そのまま夕飯の支度を手伝ってもらう。

17時50分
夕飯を食べるが、長男は好物のおかずに興味をしめさない。まだ本調子ではないのだなぁ。

20時半
リビングでゴロゴロする長男を、なんとかなだめ、寝室に連れて行く。
長男の風邪が移るといけないので、寝室は同じでも、端と端で寝ようとするが、ぐずぐずだったので添い寝する。


6月23日(火)

2時45分
お腹の張りとは違う子宮の痛みに目が覚める。

4時50分
子宮の痛みが8分間隔になったので、病院に電話。高速のインター手前のコンビニでパンやおにぎりを買い、分娩に向けて体力をつける。

6時ちょっと前
病院にて内診。子宮口8センチ、管の柔らかさ60% 夜勤の助産師さんが「8センチ!?」と驚く姿に苦笑いして、陣痛室に。8分間隔で重い生理痛のような痛みはくるものの、自分の感覚の中で張りは実感できない。

8時
病院の朝食がベッドに到着。助産師さんに「子宮は筋肉でできている。ブドウ糖をしっかり取って、本陣痛に備えましょう。このまま行けば、お昼ご飯の時には分娩台か、本陣痛中でゼリーなどしか食べられない状況だと思いますよ」と言われ、ロールパンを1個半食べる。が、痛みが来ると噛みたくないため、食べるのをやめる。

8時20分過ぎ
急に便意を催す。助産師さんにトイレに行きたいと伝えると、うんちと一緒に赤ちゃんも降りてきてるだろうから、我慢と言われる。

8時30分過ぎ
便意が我慢出来ず、「パンツの中にしちゃえ!」とよくわからない思考回路になり、「うんち出る!うんちする!うんちするの!!!」と叫びながら陣痛室のベッドの上で、誰の許可もなくいきむ。

8時35分頃
勝手にいきみ、バシャーっと破水。「破水した!」と大声で叫ぶ。ベッドのまま、分娩室に移動。
ベッドから、分娩台に「自分のタイミングでいいから、大丈夫な時に移って」と言われ、すかさず移動。
うんちがしたい気持ちが収まらず、またも勝手にいきむ。
助産師さんの「お通じ大量、シート交換します」の声にあぁ、うんちが出せたと安心するも、本当に出さなきゃいけないものはまだまだ。
いつ、どういきんでいいか分からず、とりあえず呼吸だけは忘れないように意識するが、逆に深呼吸が過呼吸を招きそうになる。
「腰をベッドにつけて。助産師を見て。助産師たくさんいるけど。」の声に、自分の腰の位置が不明になる。
助産師さんのなかの一人が、腰と台の間に手を入れて、「私の手に乗って」と入ってくれて、自分の腰の位置は思い出すが、いまいち乗せ方がわからない。
頭を夫や医師に持ち上げられ、やっと腰を助産師の手の上に乗せられる。
いきんでいい?いいよ。いきんでいい?そんな会話を繰り返しながら、用意しておいたポカリを飲みながら、最後のいきみ。
いきむのに、どうしても足が閉じてしまうため、産道の開きを確保できない。
助産師や医師が膝を持って、足をひらこうとするが、触られたくない。
今はさわらないで!今は大丈夫。そんな会話をしながら、いきんでいると、痛みの種類が変化。
明らかに子宮の痛みではなく、骨の痛み。
「これは陣痛じゃない、これは陣痛じゃない」と声に出したら「その通り!よくわかってる!」と、腰の位置に手を入れてくれている助産師に誉められる。
骨の痛みがなくならないうちに…

8時57分 次男誕生! 

産声が聞こえない…自分の事はどうでもよくて、そちらが気になる。「あれ?泣かない?」と心配したら、赤ちゃんはそんなに直ぐには泣かないよと、夫とは逆側の手をずっと握っていてくれた医師に言われる。
この医師、私が力が入りすぎて点滴が入らなくならないように、左手を下げる形で抑えてくれていました。

赤ちゃんの血中酸素なんちゃらが通常より低くて、小児科の医師に看てもらいながら、私の体の処置。

胎盤をだす処置だったり、切開した会陰の縫合処置だったり、取りあえず何等かの処置が痛い。
先生の手が痛い。先生、痛い。を繰り返してる間に、赤ちゃんの処置が終わる。

赤ちゃんをやっと抱きしめる。
最初の言葉はありがとう。

抱いている最中も、私の処置は続き、痛みからつい赤ちゃんをぎゅっと抱き締めてしまう。
助産師さんの助言により、赤ちゃんは夫の元へ避難。

落ち着くまで写真を撮ったら、夫は陣痛室に、赤ちゃんは助産師さんの元に預けられ、私は分娩台からベッドに移り、陣痛室に戻る。


振り返ってみると、大学病院の産科ということもあり、医師3名、助産師4名、小児科医1名が私のお産に立ち会ってくれました。
もしかしたら、助産師さんの数はもう少し多いかも。
長男の時は、総合病院の産科でしたが、医師1名、助産師2名の立ち会いでした。

沢山のプロフェッショナルに支えられての出産、無事に終える事が出来て、感謝してもしたりません。

本当にありがとうございました。




…母親学級で薦められたポカリスエット、分娩中の私には味が濃く、しょっぱかったです。長引くお産の方には、エネルギーにもなるからいいのかもしれません…








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